ウィキペディアの書き換え前・後 対比表とリンク3

 歴史資料には、しばしば食い違いがあることが多い。そのためか、源義忠は源義家の四男、次男、三男などの説があるようである。私は四男の説を取っている。

 「源義忠四男説」は『清和源氏の全家系3―東国源氏の京都進出』奥富敬之(新人物往来社 1989年)37頁、『日本の歴史 6.武士の登場』竹内理三(中公文庫 1973年)216頁に書いてある。

 この2冊によると、義家の子は、長男義宗、次男義親、三男義国、四男義忠、・・・となっている。四男が通説のようである。。。

 だが、藤原氏らはある時から、「源義忠四男説」を否定し、次男説や三男説を主張し始め、(最終的に)「源義忠三男説」を広めようと、ウィキペディアを書き換えたようだ。

 以下の(1)(4)を見て欲しい。(ちなみに今日は2015724日)

 

(1) 源義家 (2012/11/23 に取った魚拓)

http://megalodon.jp/2012-1123-0925-26/wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E6%BA%90%E7%BE%A9%E5%AE%B6

 

(右側にある枠の中)

「子」「義宗、義親、義国、★義忠 」(注:★は目印として、私が入れた)

 

(文章の中)

「死後は★二男の源義忠が家督継承し、河内源氏の棟梁となった。」

?義忠 ★二郎。河内判官。大夫判官。母は藤原有綱の娘。家督を継がせるが新羅三郎義光の策謀により平成幹により暗殺される。子孫は存続する。子孫は河内氏、稲沢氏、飯富氏、源氏など。」

 

 2012年に取った魚拓では、

(右側にある枠の中)では、義忠は四男の位置に書いてある。しかし

(文章の中)では、二箇所とも次男となっている。

 

(2) 源義家 (2015/06/11 22:58頃(日本時間)に取った魚拓)

http://www.freezepage.com/1434030958ZONICQNSGM

 

(右側にある枠の中)

「子」「義宗、義親、★義忠 」

 

(文章の中)

「死後は★3男の源義忠が家督継承し、河内源氏の棟梁となった。」

?義忠 - ★二郎。河内判官。大夫判官。母は藤原有綱の娘。家督を継がせるが新羅三郎義光の策謀により平成幹により暗殺される。子孫は河内氏、稲沢氏、飯富氏など。」

 

 20150611日に取った魚拓では、

(右側にある枠の中)では、義忠は三男の位置に書いてある。しかし

(文章の中)では、三男、次男となっている。

 

 つまり、(1)(2)で、

(右側にある枠の中)の四男を三男に変えて、

(文章の中)の二箇所の次男うち、一箇所だけ次男を三男に変えているのである。二箇所あるのに、一箇所だけ変えてもう一箇所は放置しておくなんて、善意ある「真実を追究する丹念で誠実な姿勢の人」ではなく、悪意ある「真実を隠蔽する粗略で不誠実な姿勢の人」の仕業である。

 

 また、20111101955分と、2009426054分に私が保存しておいたWikipediaの「源義家」を見たら、そのどちらにおいても、(右側にある枠の中)でも、(文章の中)でも、義忠は四男の位置にだけ書いてあった。

 

 

(3) 源義忠 (2012/11/23 に取った魚拓)

http://megalodon.jp/2012-1123-0929-41/wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E6%BA%90%E7%BE%A9%E5%BF%A0

 

(右側にある枠の中)

「兄弟」「義宗、義親、★義忠 」

 

(文章の中)

「河内源氏三代目棟梁・源義家の★三男[8]として香炉峰の館で誕生。」

 

(脚注)

「脚注 8. ^ 一説には★二男、★四男ともいう。稲沢恢志は『永享記』の「一男対馬守義親、二男河内判官義忠、三男式部大輔義国、四男六条判官為義。」という記述を採用し、「河内源氏の棟梁」『かわち野』河内郷土史研究会編において次男説を唱えている。」

 

 2012年に取った魚拓では、

(右側にある枠の中)では、義忠は三男の位置に書いてあり、

(文章の中)でも、三男となっている。しかし、

(脚注)では、次男、四男の説もあることが述べられている。

 

(4) 源義忠 (2015/06/11 23:13頃(日本時間)に取った魚拓)

http://www.freezepage.com/1434031835URHCWJRFWW

 

(右側にある枠の中)

「兄弟」「義宗、義親、★義忠」

 

(文章の中)

「河内源氏3代目棟梁・源義家の★3男として香呂峰の館で誕生。」

 

 20150611日に取った魚拓では、

(右側にある枠の中)では、義忠は三男の位置に書いてあり、

(文章の中)でも、三男となっている。それらは変わらないが、

(脚注)が削られていることに注目せよ。

 

 つまり、(3)(4)で、

次男、四男の説もあると述べている脚注を、意図的に削除しているのである。日本国民を「見ざる」状態にして、騙そうとしている悪意が感じられる。

 

 また、20111181118分と、2009591959分に私が保存しておいたWikipediaの「源義忠」を見たら、そのどちらにおいても、(右側にある枠の中)でも、(文章の中)でも、義忠は四男の位置にだけ書いてあった。ただし2011118日の方の脚注には、二男、三男の説もあることが書かれており、200959日の方の脚注には、三男、五男の説もあることが書かれている。

 

 

 私は、歴史資料には、源義忠は四男、次男、三男などの説があると思っている。そして、真実は、先程の2冊の本の言う通り、多分、四男だろう、と思っている。

 しかし、藤原氏らにとって都合がいいのは「三男」だから、「真実は三男である」と決めてしまおうという腹だ。私の推量においては源義忠は四男だから、義忠を三男にすることによって、私の推量を否定してしまおう、というつもりなのだろうか?

 

 ちなみに、「2012/10/20に記載した「■藤原氏による歴史捏造は現在進行中編■」の中に出てくる「■ウィキペディアの書き換え前・後 対比表とリンク2」」の中で、私は源義忠を四男として推量した。

 その約1ヶ月後である2012/11/23に、Wikipediaが次男説や三男説へと虫食い痕のように書き換えられていたことに気付いて、私は(1) 源義家、(3) 源義忠の魚拓を取っておいたのだと思う。それまで源義家も源義忠も、ずっと義忠四男説が書いてあったのに、急に書き換えられたのだ。。。

 

 これは、このやり方は、「■ウィキペディアのおかしな書き換えなどによる、藤原氏による歴史捏造と日本人騙しは、現在進行中」の時と同じだ。。。藤原氏らのこのやり方は、この3年、5年、10年だけのことじゃない。140年以上前の明治維新以降、、、いや、藤原氏らはこの1300年間、ずっと、このような嘘・ごまかし・汚い策略ばかりしてきた。その根性は変わらない。いつもの汚いワンパターンだ。。。またか、という感じである。

 

 藤原氏らは、「義忠は四男以外なら何でもいいが、とにかく統一しよう」ということで、2015/06/11に取った(2) 源義家、(4) 源義忠の魚拓のように、最終的に義忠を三男に統一しようとしたのかも知れない。

 真実を追究するのではなく、「真実を追究する手段を潰しまくって、藤原氏にとって都合のいいことを、『真実』として、『馬鹿な日本国民』に押し付けよう」という腹だ。藤原氏は、「日本国民は馬鹿だから、騙せばいい」と思っているのだ。

 

 歴史資料というものは、ありのままを伝えるつもりでも、伝言ゲームと同じで、間違いや勘違い、記憶違いなどが発生するために、しばしば食い違いがあったりする。それは仕方がない。。。その食い違いの中から、間違いをできるだけ丹念に修正していき、真実を求めるしかない。

 しかし、中には、藤原氏のように「嘘の歴史」をでっち上げる不心得者がいる。。。

 

 歴史資料は、「ありのまま伝えるつもりのもの」も「でっちあげのもの」も、後に誰もが自由に判断材料にして、何が正しいか、何が間違っているかを考えることができるように、大事に保存しておくべきだ。「ああ、これは間違いだ」「ああ、これはでっち上げだ」「ああ、これは正しそうだ」と、皆が判断できることが大事である。

 

 しかし、藤原氏らは、自分達の「でっち上げた歴史、歪めた歴史1種類のみ」を真実だと主張して保存し、人々に流布し、押し付け、他の者の保存していた「歴史資料」を、自分達にとって都合の悪いものはことごとく、歪めたり、削ったり、捨てたりしよう、という極めて悪しき意図を持っていると、私は確信する。

 

 

 今のことを、別の形で説明しよう。

 

資料

A(真実または真実に一番近いこと)、

B(間違い1)、

C(間違い2)、

D(間違い3)、

E(間違い4)、

F(藤原氏によるでっち上げ=嘘)

 

 このようにしっかりと資料が残されていたら、我々はそれぞれの資料を比較することによって、そのうちには、Aが正しそうだと気付いてくる。それを避けるために、藤原氏らはAからEまでを全部潰して、藤原氏らにとって都合のいいFのみを無理矢理、日本国民に押し付けてくる。

 

 真実を追究することを望む者は、くれぐれも、藤原氏らに用心せねばならぬ。彼らの力を削がねばならぬ。

 

 彼ら(藤原薩長)は天皇制の黒幕なので、彼らの権力の源泉は当然、天皇制である。「万世一系」「天孫降臨」という、嘘で塗り固めた天皇制だ。「支持率は80%(70%)以上ある」というのも大嘘だと思う。

 天皇制は、嘘つきが権力を握り続けるための制度である。しっかり物事を考えず、嘘つきに迎合(げいごう)する、非常に多くの「判断力の乏しい人達=知性、良心の曇った人達」のせいで、「単なる邪悪な詐欺」そのものである「天皇制」が続いている。

 日本国民の知性、良心を、できる限り磨いて、光らせていき、「邪悪な権力者に媚びへつらうことを強制され、希望を持てないようにされ、自分のこと・国のこと・未来のことを自分達で決める権利を『血筋の尊い傲慢な支配者面』をした藤原薩長に奪われ、本当の自尊心を持てないよう強制された人間」から、「真実を追究し、希望を持ち、実現していく、愛・叡智・力を持つ人間」に生まれ変わらせることが必要であろう。